ドイツ統一(ビスマルクと「ヴィルヘルム1世」)

ドイツ統一(ビスマルクと「ヴィルヘルム1世」)

1815年のウィーン議定書によってドイツ連邦は複数国家の連合体となっていましたが、やがてそれを統一する機運が高まっていきました。連邦はプロイセン王国とオーストリア帝国の2大国を中心に構成されていましたが、プロイセン王国の首相ビスマルクはプロイセン中心のドイツ統一を目指し、武力によってそれを実現しようとしました。そのため、ビスマルクは鉄血宰相と呼ばれました。やがて1866年のオーストリア帝国との戦争に勝利したプロイセン王国はドイツ連邦を解体し、北ドイツ連邦を成立させました。
これが母体となり、1871年にプロイセン王国のヴィルヘルム1世を皇帝とした統一国家であるドイツ帝国が誕生しました。
砂像彫刻者:Thomas Koet(トーマス・クォート)/オランダ