第16期 砂で世界旅行・日本~悠久の歴史と世界に誇る「美の源泉」を訪ねて~

富士山や姫路城など日本を象徴する景勝地をはじめ、寺社建築や浮世絵などの芸術文化、歴史の一場面などをテーマにした砂像19作品を展示。茶圓勝彦氏をプロデューサーとし、海外から20名の砂像彫刻家が参加し、制作にあたった。

日本神話 国生み・神生み

日本神話 国生み・神生み

8世紀に編纂された日本最古の歴史書『古事記』や『日本書紀』にみられる日本神話。神々の誕生や国土の成立、最高神アマテラスから天皇の誕生へと繋がる物語などが記されています。作品上部は神話「国生み」の一場面です。イザナギとイザナミという男女の神が海をかき混ぜています。矛先から落ちた雫が塩となって積もり、日本最初の島、淡路島が誕生します。作品中央はアマテラスに国を譲ったオオクニヌシを祀る古代の出雲大社(高さ推定48m)です。遠近法を用いて表現された、天まで届くかのような長い階段が臨場感を醸し出します。そして、作品の右側は出雲の国でスサノオが8つの頭をもつ大蛇の化け物ヤマタノオロチを退治する物語です。巨大な敵に立ち向かうスサノオの力強さを生き生きと表現しています。 砂像彫刻者:Andrius Petkus(アンドリウス・ペトクス)/リトアニア

弥生時代_邪馬台国

弥生時代 邪馬台国

3世紀頃日本に存在したとされる邪馬台国。中国の歴史書「魏志」倭人伝によると、女王卑弥呼は呪術を使い邪馬台国など30あまりの国を治めていましたが、民衆の前に姿を現すことはまれでした。外交にも優れ、魏(中国)に使いを送り「親魏倭王」の称号と100枚の銅鏡などを与えられました。作品では、銅鏡を手にした卑弥呼と恵みの太陽を取り入れ、銅鏡のデザインと重ね合わせて権威や支配を象徴しています。背景には弥生時代に始まった稲作の様子と米を保管する高床式倉庫などを造形し、邪馬台国の豊かな暮らしを表現しています。  砂像彫刻者:Michela Ciappini(ミケーラ・チャピーニ)/イタリア

飛鳥文化

飛鳥文化

6世紀後半から7世紀前半にかけて発展した日本最初の仏教文化「飛鳥文化」。この頃は中国に遣隋使を送り先進的な制度や文化を取り入れており、仏寺の建築や仏像、仏教絵画の制作も盛んでした。607年に聖徳太子が建立した法隆寺は飛鳥文化を代表する寺院で、世界最古の木造建築群として世界遺産にも登録されています。作品右側は法隆寺の中門のななめ前に立って五重塔を眺める構図になっており、遠近法で表現された長い回廊越しに塔が見られます。左側は中宮寺の「菩薩半跏像」です。右手の指先を軽く頬にあて思索する弥勒菩薩を表現しており、柔らかな笑みを浮かべた優しい顔立ちが特徴です。 砂像彫刻者:Thomas Koet(トーマス・クォート)/アメリカ

鎌倉幕府_武士政権へ

鎌倉幕府 武士政権へ

鎌倉を拠点に勢力を拡大した源頼朝。1185年に平氏を滅ぼし、地方を管轄する守護・地頭の設置を朝廷に認めさせ、このころ鎌倉幕府が成立しました。これにより、公家中心の朝廷とは異なる武士主体の政権が始まり、その後の室町幕府・江戸幕府へと続く日本の政治体制の基盤が築かれました。作品では、頼朝と家臣たちを手前に配置し、細部まで作り込まれた甲冑と人物の勇ましい表情が見どころです。背景の源氏の白旗は武家が武運の神として崇敬した「八幡大菩薩」、源氏の「笹竜胆紋」です。さらには山水画を思わせる美しい風景が構成されています。 砂像彫刻者:Slava Borecki(スラヴァ・ボレツキ)/ポーランド

奈良時代_鎮護国家

奈良時代 鎮護国家

世界遺産であり「奈良の大仏」として親しまれる東大寺盧舎那仏。仏教をあつく信仰した聖武天皇による鎮護国家思想のもと752年に建造されました。その背景には疫病の流行や飢饉、反乱などで不安定な社会情勢だったことがあります。大仏造立の詔によって当時の人口の半数が建造に携わったとされ、約10年を要して高さ約15mの仏像が完成しました。作品では、砂像の表面を丁寧に撫でて滑らかに仕上げることで金属の質感も表現しています。左にはお香が彫刻され、立ち上る煙はやがて極楽浄土へ導く雲の形に繋がります。また、盧舎那仏の右手の印相(手のポーズ)は「恐れや不安を取り除く」、左手の印相は「願いを叶える」という意味があります。 砂像彫刻者:Wang Jie(ワン・ジエ)/中国

蒙古襲来

蒙古襲来

鎌倉時代後半に日本が侵略されようとしていた危機がありました。ユーラシア大陸全土に支配を広げようとしていたモンゴル帝国(元)の大水軍による北九州への攻撃です。1274年の一度目の襲来では元軍が博多湾西部に上陸し、火薬を使用した炸裂弾「てつはう」を使用して幕府軍を苦戦させました。しかし翌朝には撤退していたため、幕府は二度目の襲来に備えて博多湾の海岸沿いに約20㎞におよぶ長大な防塁を築かせました。1281年に起こった二度目の襲来では防塁に阻まれ元軍が上陸できずにいたところ、暴風雨によって船団が壊滅状態になったとされています。作品では、神風と称された暴風雨を大迫力で表現し、荒波にのまれる元軍と神風に守られた幕府軍を、防塁を挟んで対比的に表現しています。 砂像彫刻者:Oscar Rodriguez(オスカー・ロドリゲス)/スペイン

南蛮貿易 キリスト教と鉄砲の伝来

南蛮貿易 キリスト教と鉄砲の伝来

ポルトガルがアジアに進出した大航海時代のさなか、1543年にポルトガル人が種子島に漂着し日本に鉄砲が伝えられました。それをきっかけに南蛮貿易が始まり、日本は鉄砲・火薬・中国の生糸などを輸入、銀や刀剣などを輸出しました。1549年には貿易船に乗って宣教師フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸し、南蛮貿易を推進する大名の庇護を受けてキリスト教を布教しました。無類の破壊力をもつ鉄砲やキリスト教などの南蛮文化は戦国大名たちの戦術や政治にも影響を与えました。作品では、右側に南蛮人と鉄砲の交渉をする商人と用心棒、左には布教する宣教師とキリシタン大名の様子を表現しています。背景の貿易船や港の風景、人物の表情や装飾など細部の造形も見どころです。 砂像彫刻者:Ilya Filimontsev(イリヤ・フィリモンツェフ)/ロシア

戦国時代

戦国時代

室町幕府の力が弱まり戦国大名が覇権を争った戦国時代。織田信長は戦国の混乱を終わらせ、自らの力で新しい国家を築くために天下統一を目指しました。鉄砲を駆使する戦術や、キリスト教の容認、楽市楽座を推進し商業の発展に貢献するなど手腕を発揮します。しかし、天下統一を目前にした1582年、明智光秀の謀反による本能寺の変でその生涯を閉じました。作品では、本能寺を焼く炎の中、平面的に造形された家臣らが信長を囲んでいます。その表情は厳しいものばかりで、左には信長に斬りかからんとする光秀、右には柴田勝家が光秀を睨みつけ刀を振り上げる様子が表現されています。 砂像彫刻者:Dmitrii Klimenko(ドミトリー・クリメンコ)/ロシア

平等院鳳凰堂

平等院鳳凰堂

平安時代、ときの関白 藤原頼道が1052年に創建した京都・平等院。本堂は、鳳凰が翼を大きく広げた姿を想起させる、左右対称の優美な造形に由来して「鳳凰堂」と呼ばれ、平安貴族が願った極楽浄土を具現化しています。作品では、堂内の阿弥陀如来坐像まで緻密に再現され、砂像彫刻の超絶技巧が駆使されています。水面に浮かび上がる鳳凰堂の姿も印象的です。 周囲につくられるのは、同じく平安時代の国宝《鳥獣人物戯画》。兎や蛙などの動物を擬人化してユーモラスに描いた傑作です。砂像では絵巻物の墨線をレリーフ状に仕上げ、立体的に生き生きと造形しています。 砂像彫刻者:Enguerrand David(アンゲフォン・ディビッド)/ベルギー

日本の風景 世界遺産

日本の風景 世界遺産

雄大かつ神秘的な自然の造形美の富士山。古来より信仰の対象や浮世絵など芸術文化を育んだ「美の源泉」として評価され、2013年に世界遺産に登録されました。左には1993年に日本初の世界遺産となった国宝・姫路城。別名白鷺城とも呼ばれる大天守閣の堂々たる姿を再現しています。右には約1250年前に創建された清水寺。江戸時代に再建された本堂と三重塔は、古都京都の象徴でもあります。 作品は、時代も場所も異なる3つの世界遺産が調和し、日本人の美意識を象徴的に表現しています。幅約20メートルの大画面に、建築の遠近感や背景の余白など、砂像ならではの造形技法を駆使して制作されています。瓦屋根や石垣、「清水の舞台」など、細部の造形も見どころです。 砂像彫刻者:Leonardo Ugolini(レオナルド・ウゴリニ)/イタリア

江戸時代_幕藩体制_将軍・町人文化

江戸時代_幕藩体制_将軍・町人文化

戦乱の世を経て訪れた江戸時代。徳川将軍家が統治し約260年続いた泰平の世を、本作では3つの場面で表現しています。 中央の作品は、幕府の開祖・徳川家康を頂点に歴代将軍の肖像が並びます。幕府の威光を示し甲冑姿の2代秀忠、鎖国など制度を確立した束帯姿の3代家光、「生類憐みの令」で知られる5代綱吉、「中興の祖」と言われた名君・8代吉宗、そして大政奉還で最後の将軍となった洋装の15代慶喜と、貫禄ある人物表現が見どころです。 右は、3代将軍家光が始めた「参勤交代」。各藩の大名に江戸へ1年おきに出向くことを命じ、幕府の威光と全国支配を強固にしました。作品は行列が江戸・日本橋に到着した場面。奥から手前までたくさんの人物を重層的に造形することで、群像の迫力と躍動感を生み出しています。 そして、商人や町人など庶民が支えた豊かな芸術が育まれたのも江戸時代。左の作品は、浮世絵に描かれた日本橋・駿河町の風景を立体的に表現しています。呉服店・三井越後屋(のちの三越)が道の左右に並び、大きな荷物を抱えた商人や、奥女中らの賑わいが聞こえてくるようです。 砂像彫刻者:Melineige Beauregard(メリネイジ・ビュリガード)/カナダ、David Ducharme(デビッド・ドゥシャーム)/カナダ、Susanne Ruseler(スザンヌ・ルセラ)/オランダ

黒船来航と開国

黒船来航と開国

江戸時代末期の1853年、アメリカ東インド艦隊の司令官マシュー・ペリー率いる4隻の軍艦が神奈川県浦賀沖に来航しました。200年以上鎖国体制が続いていた日本に開国を強く要求し、翌年には日米和親条約という不平等条約を結び、ここから時代は幕末、そして明治維新へと大きく胎動します。 作品では、ペリーの肖像を威厳にあふれる表情でリアルに造形しています。奥にみえるのは、当時の日本人が初めて目の当たりにした蒸気船。4隻の小さな日本舟がその巨大さと存在感を引き立て、西洋への驚きと脅威を暗示しています。 砂像彫刻者:Marielle Heessels(マリエレ・ヒーセルス)/オランダ

日本の自然

日本の自然

南北に約3000㎞と細長い日本列島。北は亜寒帯から南は亜熱帯まで気候区分に属し、その特殊な環境により豊かな生態系が育まれています。 作品では、山岳地に生息するニホンカモシカ、沖縄の一部地域に生息するヤンバルクイナ、世界最大級の両生類オオサンショウウオ、天然記念物でもあるヤマネ、2012年に絶滅した二ホンカワウソといった日本固有種を中心に、「ニッポニア・ニッポン」の学名をもつトキやツキノワグマといった絶滅危惧種、そして身近な里山で暮らすシカやタヌキ、イノシシ、フクロウまで、多様な動物たちが愛らしく造形されています。 砂像彫刻者:Eda Kaytan(エダ・カイタン)/トルコ

日本の美術_浮世絵

日本の美術 浮世絵

日本美術の代表格「浮世絵」。江戸時代に成立し、肉筆画から版画へ進化した大衆芸術であり西洋でも高く評価されました。その魅力は役者絵や風景画など多彩なモチーフ、大胆なデフォルメとデザイン性です。写楽や歌麿、北斎や国芳といった売れっ子作家も誕生しました。本作は前景に写楽の《三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛》、歌麿の《寛政三美人》をはじめ、広重らの作品がリアルに造形されます。北斎の《冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏》の躍動感は、左の砂像《蒙古襲来》の大波とも共鳴し、迫力ある展示空間を形成しています。  砂像彫刻者:Guy Olivier Deveau(ギ―・オリヴィエ・ドゥヴォ)/カナダ

日本の文学 女流文学の始まり

日本の文学 女流文学の始まり

平安時代中期の日本で誕生した独自の文化「国風文化」。その中で漢字を簡略化した仮名文字が誕生しました。漢字は貴族などの一部の男性だけが使用していましたが、仮名文字を使用するのは主に女性でした。簡易な文字の登場は表現の自由につながり、紫式部をはじめ、清少納言、和泉式部といった教養や知性に優れた宮中の女房(位の高い女官)たちを中心に平安女流文学が花開きました。作品では、世界最古の長編小説『源氏物語』の筆者である紫式部を十二単姿で繊細優美に造形し、背景では女房達が歌の優劣を競って遊ぶ様子を表現しています。  砂像彫刻者:Kei Hirooka(廣岡 佳)/日本

明治維新 西欧化政策

明治維新 西欧化政策

明治新政府は、日本の近代化を西欧諸国に示すために欧化政策を促進しました。レンガ作りの建物や街灯、鉄道の開通、郵便制度など、生活様式やインフラも大きく変化します。国賓や外国の外交官を接待するため、鹿鳴館などの政治的な社交場も生まれました。 作品は、華やかな洋装に身を包み、室内楽を楽しむ華族たちの舞踏会の様子。バルコニーから見える官営工場群は、アジアで先駆けて産業革命を遂げ「富国強兵」へ突き進む、当時の空気感を表しています。 砂像彫刻者:Jill Harris(ジル・ハリス)/アメリカ

第二次世界大戦と高度成長

第二次世界大戦と高度成長

2025年は第2次世界大戦終戦から80年の節目の年です。戦後復興を遂げた日本は、1950年代半ばから20年近く続いた高度経済成長期を経て、現代まで発展しました。 砂像では「戦後の広島」と「現代の東京」、対照的なふたつの時代を表しています。原爆ドームが印象的な焼け野原を背景に、復興を支えた市民の姿がつくられています。ヒロシマの煙は空に昇って雲となり、瓦礫はスカイツリーや都庁などランドマークが立ち並ぶ都会の風景へと形を変えていきます。右端には、彼方の時代から訪れた子どもたちが未来に思いをはせています。 砂像彫刻者:Martijn Rijerse(マテイン・ライガース)/オランダ

日本のポップカルチャー

日本のポップカルチャー

世界から注目される「Kawaii(カワイイ)」文化を紐解くと、その源流は古来より日本人が生活の中で愛でたものにあるのかもしれません。「招き猫」は千客万来・商売繁盛の縁起物として江戸時代に流行しましたが、現代ではその枠を超え、キャラクター性を持つ日本発信の文化として発展しています。砂像では、バリエーション豊かな招き猫たちの愛らしい佇まいを表現しています。 砂像彫刻者:Nozomu Daikuzono(大工園 望)/日本

日本の伝統芸能 能楽

日本の伝統芸能 能楽

14世紀に確立し、舞や謡、囃子を組み合わせた演劇として発展した舞台芸能・能楽。かつては豊臣秀吉など武士階級にも保護され、現代では重要無形文化財として受け継がれています。 作品は、地上に羽衣を落とした天女が幽玄に舞う、演目『羽衣』の名場面。背面の螺旋状の構造は、天女のしぐさや、天に昇るイメージを具現化するとともに、砂像の素材としての弱さを補強する役割もあります。囃子方の笛と太鼓、能舞台や道具類まで、舞台を構成するものを細部までリアルに造形することで、舞台空間の臨場感を生み出しています。 砂像彫刻者:Nozomu Daikuzono(大工園 望)/日本

【公開制作作品】日本の妖怪

【公開制作作品】日本の妖怪

本作品は、2025年6月27日~7月11日に砂の美術館展望広場にて公開制作をおこなったものです。 砂像彫刻者:茶圓勝彦(チャエン・カツヒコ)/日本